涜書:橋本『上司は思いつきでものを言う』

http://d.hatena.ne.jp/contractio/20040529#1085797532
本日のランチは橋本センセイと。

150頁までは、ただただ「タイトルから想像できる内容」が延々続く。例によって繰り返し多いし。ま、橋本センセイにはつい甘い点をつけがちな私ではございまして、これはこれで楽しく読んでしまったわけですが。飽きて読むの止めちゃった人もいるんじゃないでしょうかね。
「これでこのまま、この本はタイトルどおりの本なわけですがというのを確認して終わるのかなーまーそれでもいいかー」と思いつつ惰性で読んでいた150頁くらいを境に、話がようやく変わってくる(ので、あきらめちゃった人は、もいちど150頁以降の50頁だけでも読もう! もったいないから!)。

  • 領主貴族と官僚貴族の違いとは。そして、領主貴族と株式会社の関係とは。
  • オヤヂはなぜ日本史のうちでも特殊な三つの時代の歴史(小説とか)を、そしてそれのみを好むのか。
  • 民主主義とは能力主義のことだ。ところで儒教に謂う「徳」とは「能力」のことじゃないか?(以下略)。

云々などなど。

これも含めて「いつものはなしじゃーん」とはいえるかもですが...。いいじゃないか、橋本センセイだもの。
で、ちゃんと(?)、「思いつきでものを言う上司をもった部下」への「処方箋」も──あっさりと途中に、だけど──用意されてます。曰く、「上司と戦うな。上司を馬鹿にするな。そのかわり、上司が思いつきを言ったときにはちゃんとあきれ(てさしあげ)ろ」(大意)と。


ロジックが、つまるところは「現場」なる形而上学的*な観念に支えられているのが残念ですが、まぁそこから先は各人考えなさい、ということかしらね。
* というか「否定神学」w的なというか。
「現場」とは──「存在する」ものではなく「記述される」もの、つまり──「組織の環境記述**」-のうちの-ごく一部の-切片 を指すはずだ、と思うのですがー。さらに、ここで記述されている組織は、「組織の環境記述-自体が-既に-複雑」であるようなそれであるだろう、とも思うのですがー。
「現場」(なるもの)を──「否定神学」w的に(?)──ユニークに定められるならば、そもそも話は簡単に済んでしまう。つまりそうした「現場-の/という-否定神学」wに依拠できるのであれば、その場合、「組織の-環境への-適応」(なるもの)についてのみ考え・語ればよいのだから。
ただし「新書なんだからこんくらいでいいのだ」と誰かがおっしゃるなら、それには同意いたします。
** 社会システム論では*1、これを「環境構想」と言います。

*1:© 宮台真司、c鈴木、et al.