文學界連載の参考文献。
- 日本語版への序文
- はじめに
- 序 論
- 第1章 基本の対立──さしあたっての特徴づけ
- 第2章 日常言語哲学批判の中心的議論
- 第3章 哲学は、直観に依拠しなければならないのか?
- 第4章 文脈主義と、知識という重荷
- 第5章 文脈主義、アンチ文脈主義、そして保証を与える立ち位置にいることとしての知識
- 結 論──懐疑論と、(意味論的に純粋な)「知識」の弁証論
- エピローグ──日常言語哲学、カント、そしてアンチノミー的思考の根
訳者解説
序論
- [002]「最初に強調しておかなければならないが、本書において「使用」は、私がウィトゲンシュタインの用法だと信じる仕方で用いられる。つまり、どんなに取るに足らない平凡なものであっても、ある一定の種類の、人間による達成事を指し示すのである― ―これは、言葉に言及することではなく、言葉を遊ばせておくこと、あるいは言葉になんら(現実の)仕事をさせないことと対置される。これが意味することはひとつには、哲学の内部においてであれ外部においてであれ、発せられた一定の言葉がその発話の機会において実際に使用されているか否かは、そして、使用されているのならどう使用されているかは、けっして直接に経験的なことがらではないということである。」
「 日常言語哲学が言葉の日常かつ通常の使用に訴えるのは、伝統的な哲学的困難への応答としてなのだから、使用という概念についての理解は、日常言語哲学の人びと自身がそれら困難をどうみているのかという理解と運動する。」
構想
- [004]「本書における議論の全体構造をひとこと説明させてもらいたい。私の理解するところでは、日常言語哲学のアプローチは一般的議論のなんらかのセットによってではなく、哲学的困難の特定の諸領域に適用されたときに産み出す哲学的実りによって、よりよく正当化される。
- それゆえある重要な意味で、本書の議論がほんとうに始まるのは、第3章になってからである。その箇所で私は、哲学の理論形成における「直観」の信頼性をめぐる現代の論争に矛先を向ける。
- 議論は第4章と第5章へと引き継がれ、そこでは命題的知識の概念をめぐる「文脈主義者」と「アンチ文脈主義者」の哲学的論争が詳細に議論される。そして
- 結論では、文脈主義者とアンチ文脈主義者がともに応答している形態での懐疑論に対する理解と応答を提案する。
- エピローグで私は、哲学的困難の解消へと向かう日常言語哲学のアプローチを、カントが提案した「超越論的仮象」の取り扱いと比較し、対比させる。そこには、ほかに私たちがもつ、たとえば因果や魂といったトラブル含みの哲学的概念のケースに対して日常言語哲学がどう適用されうるのか、という示唆も含まれる。
- [006]「… 以上が、本書の最初のふたつの章が書かれるにいたった経緯である。それらの第一のねらいは、…、これまでの日常言語哲学での試みに対して提示されてきたよくある反論のどれによっても本書の議論が掘り崩されることはない、とはっきり示すことである。言いかえればそのねらいは、本書の議論にフェアに耳を傾けてもらう構えを勝ち取ることにある。」
