夜食。
- 作者: ピーターバーク,森岡敬一郎
- 出版社/メーカー: 慶応通信
- 発売日: 1986/01/01
- メディア: 単行本
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おもしろかった。学部生の頃に読んでおきたかった教科書。1980年の著作。
まず、最初のところで「歴史学者は社会学を学ぶことがどうしたって必要だ」(大意)と書いてあって度肝を抜かれたわけですが。
で、その前提に立って、社会学の基礎概念を歴史学を学ぶ学生のためにひとつひとつとりあげて、それが歴史記述にどのように使えるのか 事例を挙げて解説していく、という趣旨の教科書です。
日頃(?)、社会学に対する嘲笑と苦言をみることが多いので、こういうのをみると素で びつくりしてしまいますな。
教科書なので、基本的には淡々と話がすすんでいくのですが、ときおりカマされる微妙に痛烈な皮肉がおかしいです。たとえば冒頭近くのこんなのとか:
[二十世紀後半に入ってからの社会学における]この歴史への復帰には、いくつかの明白な理由がある。社会変化が加速していったので、社会学者もいや応なしに、社会変化に注意するようになった。1920年代に機能主義的アプローチが採用されてから、このアプローチに従って研究を行なっていく間に、やがて、「行為者」の意図や、「行為者」の状況の定義を考慮に入れずに、外側から社会生活を研究する危険といったような、この方法の欠陥が発見されるようになった。行為者の観点を問題とする社会学者は、自らを「現象学的社会学者」とか、「象徴的相互作用論者」とかその他の名前で呼ばれているが、いずれにせよ、彼らは、「機能主義者」よりも、これまで同時代人の眼で過去を見ようと努めるのをやめたことのなかった歴史学者にはるかに近い。歴史家は、歴史家がこれまでいつもやって来たことを社会学者も彼自身でやっと発見したと評したい誘惑にかられるが、しかし、歴史家は、社会学者が、持前の徹底さで、今やこのアプローチを更に一歩進めていることも認めなければならない。[p.29]
[「政治史=事件史」が歴史学の中心であった時には「社会史」は残余概念として規定できたが、「社会史」のほうが歴史学の中心になってくると、社会史をそれとしてより厳密に規定する必要がでてきた。] このより厳密な社会史に関心をもつ歴史家たちは、社会学から、また社会人類学から、いろいろの概念と方法とを借用してきている。彼らのうちには、学際的関係の分野ではしばしば起こることであるが、全く皮肉にも、社会学者と社会人類学者が放棄しようかどうかと考えている時機に、「機能」という概念を取り上げている人も少数いるのである。多くの歴史家たちは、計量的方法に今や関心をもっている。この方法は、経済史(「新経済史」neweconomic history とか cliometrics とか呼ばれる)から拡がった。しかし今や、計量の効能が、社会学者によって当然のこととして前提されなくなり、論議の対象となり始めた時期にこのことが起こったのである。[p.31]
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