第1章「準拠問題:社会的な複雑性」

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まとめ p. 09-11

 我々は、こうした[フッサールの超越論的現象学、政治的支配に関するホッブスの議論、シュッツの類型化論、パーソンズの社会システム論、経済学的組織理論などといった]諸思想すべてを単一の定式にまとめうる。すなわち人間は、社会という次元において拡大された複雑性を基礎として複雑性を縮減する有効な形式を発達させうるし、させなければならない、と。
 しかし、この場合に、歴史的にまず社会的な複雑性が増大し、ついで複雑性を縮減する形式が登場した、というふうに理解されてはならないし、前者が後者の原因ないし動機であるかの余蘊理解されてはならない16。因果的に見れば、両者はただ相関的にのみ可能なのであって、相互に制約し促進しあっているのである。そのように一体となった出来事を、問題局面(複雑性の増大)と解決法の局面(複雑性の縮減)というふうに機能的に解析する作業は、多くの可能な解決法を比較するシェーマとして役立つにすぎない。複雑性の増大と縮減は、最終的には、世界に対する人間の態度の構造の二つの相補的な局面として、互いに関係しあっている。こうした概念を多少やさしく言い換えるならば、次のように言うこともできる。人間の社会的な体験という次元は、複雑性の増大と その複雑性を吸収する新たな可能性という 二つの局面をもっており、かかる社会という次元ゆえに、複雑性〔に対処する〕能力が向上し、人間の世界が拡大するのだ、と。他我の現実存在をつうじて、人間を囲む環境は、人間全体の世界となるのである17
 こうした出発点からの帰結を詳しくたどることは、かりに最も重要な帰結のうちのいくつかに限定したとしても、この考察の枠内では不可能である。しかし右の出発点によって、信頼を機能的に分析する際に、また機能的には信頼と等価な社会的メカニズムを比較する際に、準拠去るべき問題は定義されている。信頼が存在するところでは、体験と行為の多くの可能性があり、社会システムの複雑性が増しており、したがって社会システムの構造と調和しうる可能的事態の数が増している。というのも、そこでは複雑性を有効に縮減する形式が、信頼という姿で利用可能になっているからである。以下における信頼の分析は、こういう基盤にもとづいてなされることになる。〔機能的には信頼と等価な社会的メカニズムとの〕比較は、法や組織といった他の機構についての同様の予備作業を前提とするだろうから、個別的なモノグラフのかたちで遂行することはできない。我々は本書においては、付随する諸論点を度外視し、そうした他の〔複雑性縮減の〕メカニズムと比較できるようになる仕方で、信頼という事実を詳しく見ていくことで満足しなければならない。

16 近代初頭の国家契約論もまた、史的ないしユートピア的な叙述を、たんに機能的な言明の衣装として利用していたにすぎない。