ザイアンスの認知的調整理論について

Zajonc (I960)、 Cohen (1961)は認知的調整の研究を行なったが、それによれば、刺激人物からのメッセージ伝達後、 「話し手」の役割を与えられた被験者と、 「聞き手」の役割を与えられた被験者とでは、そのメッセージに関する認知構造に差異の生じることが明らかになった。すなわち、 「話し手」という積極的な姿勢をとる時、被験者のメッセージに関する認知構造は細分化され体制化されるが、 「聞き手」の役割を与えられた被験者は、自分とは意見の異なる内容に関しても、ある程度柔軟に受け入れるのである。

一般には、“送り手”と“受け手"の役割を継時的に相互ににない合う力動的な相互作用を通じて、日常のコミュニケーション活動は成立している…。このようなコミュニケーション過程のにない手の力動的側面に注目し、それに関する実験的アプローチを試みたのはZajonc (1960)である。そこで、まず、 Zajoncの取り上げた問題を記述し、その後、筆者の問題を明らかにしよう。
 彼は、メッセージ取得後に導入された役割期待によって、メッセージ取得者の認知構造に著しい差異が生じることを指摘し、その事実を、 "cognitive tuning"と名づけた。この場合、メッセージ取得者の役割期待は、メッセージに関する2つの基本的な扱い方から、 transmissionとreceptionとに分けられた。 transmission tuningとは、メッセージ取得後に、そのメッセージに関する何らかの情報を他者に伝連すべく、いわば"話し手"の役割が与えられた場合に生ずるものであり、 reception tuningとは、メッセージ取得後に、そのメッセージに関連してさらに何らかの情報が他者から伝連される、いわばcr聞き手"の役割が与えられた場合に生ずるものである。彼は、認知的体制化の水準の測定に関して、 differentiation、 complexity、 unity、およびorganizationの4指標をあげ、これらの指標であらわされた認知的体制化の水準と上述の役割期待との間に如何なる関係が存在するかを明らかにしようとしたのである。その結果、 transmission tuningによってactivateされた認知構造のほうが、 reception tuningの場合よりも、その体制化の水準は著しく高まり、彼の仮説は支持されたのである。その後、 Cohen (1961)やBrock & Fromkin (1968)らもこのcognitive tuning現象について研究し、 Zajoncと同様な結論。を得た。すなわち、情報に関連した認知構造は、“話し手”の役割が与えられたほうが、"聞き手"の場合よりも内部的により一貫性が保たれ、より体制化されたのである。確かに、これらの研究成果を、われわれの臨床的・日常的体験一とくに、心理治療場面におけるクライエントの認知構造の再体制化なと-と関連づけてみると、そこに大変興味深い示唆が含まれているように思われる。しかしながら、方法的な面について吟味してみると、これらの研究には、未だ検討すべき問題が残されているといわざるを得ない。筆者によってすでに一部検討の試みもなされているが(佐藤、 1966、 1967 a、 1967 b、 1969)、認知的体制化の指標のとり方や導入されたtransmission・reception条件に関する分析の仕方などがそれである。