宴の支度:社会学的統合理論-における/という-現前の形而上学

夕食。

認知社会学の構想―カテゴリー・自己・社会

認知社会学の構想―カテゴリー・自己・社会

いちおう議論の構図と批判ポイントは確定。

  • 「認知社会学」が用いている主導的区別: 〈いまここ/いまここからの超越〉
ex. 〈いまここ-における-相互作用/いまここ-を超越した-集合体〉
  • ここでは、〈いまここ〉に〈いまここ-を-超越したもの〉を張り合わせることで、「統合理論」が考案されている。
言いかえると、所謂「■クロ-■クロ」を、「カテゴリー化作用」を蝶番にして「リンク」している。

この本で「カテゴリー(化作用)」がマジックワードになっていることは見やすいが、実は議論を支えているもっと重要なマジックワードは──J社会学の不思議な術語──〈いまここ〉である。
「カテゴリー」は他の言葉と取り替えがきく──し、実際はなはだラフにすごい勢いで他の言葉と混用されまくっている──が、〈いまここ〉はそうはいかない。これなしには──つまり「〈いまここ〉-を超える-X」というヴィジョンなしには──著作に登場するどのストーリーもなりたたないことになっている。


そして。


この本には──私はすでに20回以上この本を読んだが──、〈いまここ〉というのは どういうことであるのか について検討されている頁がどこにもない。


なお、「認知」という言葉がどういういみで使われているのかは、結局わかりませんでした。


でももう他の作業をしないとね。
あとは「引用集」を固めて、図を幾つか書いておしまい、ということにさせていただきましょう。