2006年2月7日最終セッション。51分間分のディスカッションを(独り)振り返る。
- Michael Lynch 1995 "Narrative hooks and paper trails: The writing of memory," (Review Symposium on Ian Hacking), History of the Human Sciences, 8-4, pp.118-128
http://d.hatena.ne.jp/contractio/20060207
MLログのほうを参照:
- id:contractio:20060401 (http://groups.yahoo.co.jp/group/em_cae/message/280?expand=1)
- id:contractio:20060402
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- 第6回研究会:http://d.hatena.ne.jp/contractio/20060402/1143987079(リンチ(2001)「社会的構築の偶然性」)
リンチ自身による批判まとめ
- ハッキングの分析は、深層の知的起源に肩入れして記憶政治学的産出の領域から後退してしまいがち。
- ハッキングは[『Rewriting the Soul』というタイトルをつけたわけだが]、文字通り「書く - 書き直す」という活動を それとして扱うこともできた筈。
活動/達成: リンチ先生曰く
法廷であれセラピーであれ、
- ある種の想起には、「想起していることを達成する」ことを示すための活動として使えるリソースがあるよ
- 法廷とセラピーでは、そのリソースが違うよ
前半は みんな押し黙りがち。
- 18'00''あたり [u/m]: 「論理的」と「〈使用前/使用後〉的」。 [4節「日常言語派哲学との関係」最終段落]
- 23'00''あたり [i]: 「装置」が説明項に見えてしまう陳述の形式。
「装置」が運用される-そのやり方 のほうを みせるような記述作法をとらないといけないよ。
- 45'50'' [u]: 資料/史料の具体性 が見えないと、「前提・文法の記述」が 単なる「概説」(〜古い社会思想史)に見えちゃうってのがありがち。
そのやり方で数百年スパンの記述ができればコレージュ・ド・フランスに就職できるんじゃね♪