木下由裕(2024)「なぜ中期ハイデガーの哲学に芸術論が必要だったのか」

「読むためのトゥルーイズム」書籍化の準備。

目次

  • はじめに
  • 1. 前期ハイデガーの「形式的告示」という方法と芸術観
  • 2. 中期芸術論における問題意識、方法、「詩作」
    • 2.1 中期芸術論の問題意識と方法
    • 2.2 「本質」の「創作」としての「詩作」
  • 3. なぜ中期ハイデガーの哲学に芸術論が必要だったのか──「形式的告示」と「詩作」の差異を手がかりとして

引用

1. 前期ハイデガーの「形式的告示」という方法と芸術観

74 1920/21 年冬学期講義「宗教現象学入門」からの引用

哲学史を見ると,具体的対象的なものの形式的規定が哲学を完全に支配していることがわかる.この先入観を,この偏見をどのようにして防止することができるだろうか.それをなすものこそ,形式的告示である.[……]形式的なものは関連的なものである.告示は,事前に現象の関連を告示しなければならない──それは,否定的な意味では,いわば警告のためである.現象は,その関連意味が宙に浮いたままになるようにして先行的に与えられていなければならない.その関連意味が根源的には理論的なものであると思い込まないように注意しなければならない.現象の関連と遂行は事前に規定されておらず,宙に浮いたままにされている.それは科学とは正反対の態度である.専門分野へと順応することはなく,その逆である.形式的告示は防御であり,先行的な安全装置であり,そのため,遂行性格は自由なままとなる.こうした予防措置の必要性は,事実的生経験の脱落傾向から生じて来る.こうした傾向は常に客観的なものへと滑り落ちる恐れがあるが,我々はその傾向から現象を取り出さなければならない.(GA60, 63f.)

75 引用を踏まえた敷衍:

形式的告示は1929/30 年冬学期講義「形而上学の根本諸概念」(GA29/30)の頃までハイデガーの方法を規定し続けたとされる5 が,それは彼の主著である『存在と時間』においても例外ではない.例えば齋藤(2012)や渡邉(2014)は『存在と時間』を含めた前期ハイデガーの哲学を形式的告示的解釈学として描き出している.『存在と時間』に登場する「現存在」や「実存」といった諸概念は,内容の充実の可能性を示唆するにとどまる形式的告示的な概念であり,現存在はそのつどの文脈においてそうした概念の内実を充実させ,規定していくのである6(vgl.SZ, 43).

そして転換:

後に見ることになるが,中期以降のハイデガーはこうした考え方を改めることになる8

3. なぜ中期ハイデガーの哲学に芸術論が必要だったのか

81 中期の形式的告示:

だが原存在を原存在として開示するという思索の役割とは何であろうか.ハイデガーによれば,詩作によって名付けられた存在は,「秘密」においてあり,「本質的には覆蔵されたものであるので,たとえ名付けられ言われた場合でも」,「それは捉え難く,保持することは一層難しい」ものであるが,「本質的な思索」はそれを耐え抜くことができる20(GA39, 286f.).これこそ,原存在を原存在として開示することなのである.思索の役割は,詩作によって名付けられた存在を根源的に保持し,開示することであると考えられているのである.こうした役割は,二節で見た〈根源への形式的告示〉と同様のものではないだろうか.