『制度としての基本権』第1章 > Leistung

言葉づかいのお約束程度のことについてメモ。

・Leistung an eine Umweltが「環境世界に対する働きの遂行」と訳されているが、「能作」と訳さなくてもいいよね。うん、いい。
 ・ これは後にオペレーションへと概念変更されると考えてよいか。



 Leistung については、もっとも簡潔には、『社会の法』の上巻訳注(の10番台の終わりあたりのどっか)を参照のこと。(激しく詳しくは、ババボンの該当箇所*1を参照のこと。)
 で、その訳注でも書かれていたと思いますが、Leistung には、【術語的】に使われる場合と【そうじゃない】場合があるようです。


前者=【術語的用法】は、

    • 1)「機能/遂行Leistung/反省」という、はたらき の──その宛先の違いにもとづく──類型のうちの一つ

として登場する場合。
後者=【非術語的用法】は、

    • 2)ドイツ語でふつうに「はたらき」を指す言葉として使う Leistung

を、その使い方でもってふつうに使っているという場合。


もうひとつ考慮にいれておくべきは、

    • 3)現象学の術語としての Leistung(=志向性の意味構成的能作)

を参照しつつ──特に初期ルーマンの議論で、現象学をふまえつつ、「フッサールは意識について〜〜と言ってますが、これは社会システムについても言えるわけでして、云々」とかいうしかたで──使われている場合、というのがあることです。


この3つのうちで、(3)については、

    • 初期の Leistung 概念が、後に Operation 概念に変更された

といえ(る、と──相当の自信をもって──私は思い)ますが、(1)と(2)については、事柄からして当てはまらなさそうですね。

もっとも、文中、(2)と(3)の区別がつきかねることも多いですが。


(1)のトリアーデが明確な形で登場するのは70年代後半です。

邦訳で確認できる限り──かつ、私の記憶する限り──では、『宗教の機能』(1977)──邦訳は買ってはいけません──が初出か、と。
なので、この分類を過去にベタに遡らせて議論するのもまずくはありますが、目下話題になっている「環境への働きLeistung an eine Umwelt」についていえば、文脈から言って、(1)の用法に近いように思えますので、これについては、

    • 「遂行概念はのちにオペレーションへと概念変更される」とはいわなくてよい。
    • 「機能」も「遂行」も「反省」も、すべて「(当該システムの)オペレーションである」という意味でなら、「遂行はオペレーションである」と言える。

くらいのことは言えるかとおもいます。


付言すると、この言葉は──ドイツ語のニュアンスは私にはわからないですが──比較的よく使われる日常的な言葉で、
  「はたらき」
 と
  「(その働きによる)産物」
の双方を指しうる言葉のようです。
読んでてどっちかわからず混乱することが多々あり、困りますが、同様の多義牲は──似た語義をもつ──英語の「パフォーマンス」という語にもありますね。
 operation の場合は、他に、operator, operatum とか operand とかいう言葉と使い分けができるので、この意味で「基底的術語」にふさわしい、便利な言葉だといえるように思います。

*1:第3章のどっか。