Σ (;゜Д゜)ぅおっ こんなのあったよー
スラヴォイ・ジジェク読書会
- 日時:2004年6月12日(土) 午後1時〜5時
- 場所:専修大学神田校舎(教室は当日守衛室脇に掲示)?
- テキスト:スラヴォイ・ジジェク『否定的なもののもとへの滞留』(太田出版刊)
なお、初回時に、コピー代及び連絡費として五百円を徴収させていただきます。
参加資格とか、特に書いてないねぇ。
ジジェクを読むために
- 現在の日本において、ジジェクは極めて不当な読まれ方をされている。それはジジェクをラカンの代用品として読むという読み方である。今日しばしば耳にするジジェクに対する「悪口」は、彼の理論に対する「批判」というよりもむしろ、容易にその考えを理解させてくれないラカンに対するいらだちの反転した現われではないだろうか? つまり、「ジジェクのラカン解釈は極めて粗雑である。彼はラカンを単純化している。彼の語るラカンは真のラカンではない」などという発言は、自分なりのラカン理解に基づく発言というよりもむしろ、自分はラカンを理解しそこなうのではないかという恐れに基づく発言なのではないだろうか? 従って、われわれがジジェクを読むことによって学ぶことができる最大のものは間違えることを恐れないその勇気である。ジジェクを読むことがラカン入門に繋がるのは、彼がラカンの考えを分かりやすく説明しているからなのではなく、彼がラカンを自分の問題意識(イデオロギー批判)に引きつけて解釈しているからである。自分の問題意識とラカンとがどう関わるのか、それを知ることこそがラカンを理解することに他ならないだろう。
おつかれさまでーす。
勇気。大事だよね。