食い合わせのものすごく悪い組み合わせであった。
|
|
『フィクションの哲学』合評会は明日です。
http://d.hatena.ne.jp/conchucame/20100114/p1清塚邦彦『フィクションの哲学』(非公式)合評会
- 日時 1月24日(日曜日) 13:00より
- 場所 東京大学本郷キャンパス 法文二号館2213 美学芸術学研究室
「非公式」となっているのは、公式の合評会が3月あたりに慶応大学のほうで別に行われそうだからです。
そちらも決まり次第まだ告知は出しますが、今回のは、「まぁ身内で読んで感想言い合おうや」くらいのノリです。
誰でも参加可能なので、ご興味がおありのかたは是非。
ただ、日曜日ということで構内への入り口がいくつか閉まっております。特定の場所からしか入れません。
本郷に詳しく無い方は、事前に連絡をいただけると案内しますので、ご連絡ください。
読書会前日に配布資料をアップロードしてる勤勉なひとがいるよ!
メルロ=ポンティから筒井淳也へ
『医療環境を変える』最初のコラム。執筆者は三脇康生。
制度/制度分析
まず「制度」という言葉の意味について明確にしておきたい。「制度」という言葉は、英語やフランス語では institution という言葉にあたるが、institution という言葉のニュアンスを伝えることはたいへん困難である。哲学者のメルロ=ポンティは「個人の歴史と公共の歴史における「制度」」(『メルロ=ポンティ・コレクション (ちくま学芸文庫)』[...] )という論文のなかで
〈制度〉という概念に、意識哲学の何点*の治療法を探してみよう。(……)制度化する主体は、他者と共存することができる。制度化されたものは、その主体に固有の直接的な反映ではないし、すべてを作り直すことは出来ないとしても、その主体や他者によって、制度化をやり直すことができるからである。制度かはまさに〈蝶番〉のように、わたしと他者のあいだにあり、わたしとわたしの自身の**間にあり。***わたしたちが同じ世界に属することの帰結でもあり、保証でもあるからである
と(中山元の名訳により)明確に制度の本質を示してくれている。しかし、この定義をさらに社会科学全般に敷衍してみる。筒井淳也『制度と再帰性の社会学 (リベラ・シリーズ (8))』(***)を参考にしながら、制度について記してみたい。[vii-vi]
ここでコケた。以下略。
** 「わたし自身の」じゃね。
*** 「、」じゃね。誤植多いなこの本.....