阿部幸大(2024)『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』

難しくて挫折してしまった本。読書会があると聞いて再訪します。
https://peatix.com/event/4489573

  • はじめに
  • 原理編
    • 第1章 アーギュメントをつくる
    • コラム 査読について
    • 第2章 アカデミックな価値をつくる
    • 第3章 パラグラフをつくる
  • 実践編
    • 第4章 パラグラフを解析する
    • 第5章 長いパラグラフをつくる
    • 歳6章 先行研究を引用する
    • コラム 通読と書評について
    • 第7章 イントロダクションにすべてを書く
    • 第8章 結論する
  • 発展編
    • 第9章 研究と世界をつなぐ
    • 第10章 研究と人生をつなぐ
  • 演習編
  • あとがき

量的構成

はじめに

  • [007]「アカデミックな文章を書くために必要なテクニックや考え方と、それらを身につけるための具体的なトレーニング方法を提示することが、本書の目的だ。」
  • [007] 「本書の具体的な達成目標は2つある。
    ①「初学者が独力で論文を書けるようになること」
    ②「中級から上級までの院生や研究者が、より優れた論文を、よりスピーディかつシステマティックに書けるようになること。」
  • [011]「本書は、原理編、実践編、発展編、演習編、の4つにわかれている。」
    ①「最初の「原理編」は3章からなり、ここで論文とはどういった書き物であるのかを概念的に理解してもらうことを目指している。」
    ②「「原理編」の最後と「実践編」の最初の2章はパラグラフに割かれており、パートをまたいで連続した内容になっている。3、4、5章で、理論から実践ヘと進みながら、パラグラフ・ライティングを理解し、身につけてもらう。」
    ③「6、7、8章はそれぞれ独立した内容で、順に、論文の読みかたと引用のしかた、イントログクション、コンクルージョンを扱っている。これで論文という文章のほぼ全パーツが網羅的に解説されたことになる。」
    ④「なぜ論文などを書くのか、なぜ人文学が必要なのか、研究の価値とはどこにあるのか──そういった自問をとおして、より優れた研究を継続的におこなうための精神的な基盤を手にいれることを、「発展編」では目指している。」

第1章 アーギュメントをつくる 015

  • [029]「前章の「アーギュメントをつくる」では、
    ①第一にアーギュメントというものの性質、
    ②そして第二に、ぎりぎリアーギュメントと呼べそうなテーゼをつくるための手順、その2点を解説した。」

1-1. 論文とアーギュメント 015

この2つの文が同じページに並んでいるのは相当に気持ちが悪い:

  • [015]「論文とは、ある主張を提示し、その主張が正しいことを論証する文章である。」
  • [015]「論文は主張しなくてはならない。この「主張」を、英語では argument と呼ぶ。」

では「論証する」は英語では何と呼ぶんですか。

1-2. アーギュメントをつくる 017

  • [018] 著者は、「フェミニズム理論を用いて『アンパンマン』を分析する。」を方法論の宣言だとしているが、「フェミニズム理論を使う」ことは方法論ではない。これは使用理論の宣言だろう。
     もし「フェミニズム理論を用います」が方法論の宣言なのだとしたら、それが意味するところは「フェミニズム理論は、実は理論ではない」だろう(それはありうることではある)。

1-3. アーギュメントを鍛える 022

第2章 アカデミックな価値をつくる 029

1. アーギュメントの価値 029

  • [029]「アーギュメントをつくれるようになったとして、ではそのアーギュメントの価値はいかにして評価。判断。決定されるのか一一これが、論文執筆におけるふたつめの大問題である。」
  • [030]「斬新/陳腐とか、強い/弱いとか、面白い/つまらないとか、そういった判断を今後は禁じ、アーギュメントの価値の内実を正確に言語化する必要がある。それが本章の仕事だ。」

2-2. アカデミックな価値をつくる 030

  • [031] 戸田山『論文の教室』では、「論文とは(1)問いがあり、(2)それへの答えを主張し、(3)その主張を論証する文章だ」と定義されている。
  • [031]「だが本書の論文の定義は、こうした現在日本で流通している論文観と異なっている。そのもっとも重要な相違は、本書が論文に問いは必要ないと主張する点だ。問いは、あってもかまわないし、ある場合が多いし、効果的に用いることも可能だが、聞いの有無は論文の成否における条件とは本質的に関係がない。」

一見すると衝撃的な主張だが、このようなプレゼンテーションが採られるのは、この著者が「必要十分条件」で発想しているからではないだろうか。
行為に関する問い(「論文では何が行われるべきなのか」)を立てるなら、このようなプレゼンは必要がない。以下のように言えばよいだけだから:
・論文がおこなうべきなのは主張である。
・主張の構造化に使われるポピュラーな形式の例には〈問い/答え〉がある。

2-3. 人文学のアカデミックな価値 036

2-4. 結論 041

第3章 パラグラフをつくる