システム論に関心のある物理学科の学生が20世紀思想を知る為の二冊

twitterにて、[ルーマンとあわせて]フッサール-デリダの系譜とか,パーソンズとか勉強するべきですかね?」との問いに接する

私の回答(要旨)は、

個別の論者を さておいて、まずは、構造主義-と-サイバネティクス* を中心とする 大まかな20世紀の思想地図を持っておくのがよいのではないか

というもの。




それで、地図をつくるのに100冊推薦してもしかたないので、冊数を極力押さえて二冊。「構造主義」と「サイバネティクス」について一冊ずつピックアップするなら、こんなのがありますよ、と:

ヤーコブソン―現象学的構造主義

ヤーコブソン―現象学的構造主義

ISBN:B000J7FVIK
サイバネティクス学者たち―アメリカ戦後科学の出発

サイバネティクス学者たち―アメリカ戦後科学の出発

推薦理由を書いている暇がないんだけど、それでも まったくの触りだけは書いておくと。

このリストの趣旨は、20世紀の諸学を

  • 「人間や社会を科学的に研究する」という課題*

と、

を中心に据えてみてみましょう、というもの。

* ありふれた課題設定にみえるかもしれないが、そうではない。
この点についてはなにより、「人間科学の考古学」なるサブタイトルをもつフーコーの著作を参照のこと:『言葉と物―人文科学の考古学』。


 今日の諸学に対するインパクトという点では、もちろんサイバネティクス(〜メイシー会議)のほうが圧倒的に大きい。構造主義が 一過性のムーブメントとして消滅してしまった(?)ように見えるのと比べると、サイバネティクスが提示した課題、切り開いた領域・分野は広大であり、そこで獲得されたたくさんの知見は──サイバネティクスという言葉が使われなくなった現在でも──諸分野において・教科書に載るようなレベルで(!) 共有されている。

たとえば。アイディアとしては、 (以下略)などなどがあるし、分野としては、「認知科学」や(今日我々が知っているかたちでの)生態学」などをあげることが出来る。
* メイシー会議で報告されたあとに出版された→『通信の数学的理論 (ちくま学芸文庫)』。
** マカロック-ピッツのニューロンモデル。
*** メイシー会議におけるフォン・ノイマン自身による紹介を契機として、社会科学者にも広く知られるようになった。

構造主義のほうには、これに匹敵するようなインパクトを諸学に残した知見は──私の知る限り──存在しないから、物理学専攻の学生にとっては、構造主義とのつき合い方のほうがずっと難しい。が、にもかかわらず、それをとりあえずは教養のリストに加えておこうとするならば、構造主義サイバネティクスの(上掲)課題の共通性と同時代性に着目する、ということを考えてみてもよいだろうと思う。

逆に、両者の決定的な(しかもシンプルに指摘できる)違いとしては、前者は「計算機」を持っておらず、後者は持っていた、ということが あげられよう。


 さて。
 推薦書二冊のうちの前者は、構造主義サイバネティクスの蝶番の位置に立つ言語学者の紹介書。
 ロシア出身で、ソシュールフッサールの業績を咀嚼し、自ら構造分析を開拓したヤーコブソンは、プラハを経て北米に移住し、レヴィ=ストロース構造主義の存在を教え、チョムスキーの先生となり、そして──右側の本のテーマである──サイバネティクス会議(〜メイシー会議)にも参加している。というわけで、「大陸」と「北米」の動向を同時代の現象としてフォローする際には、ヤーコブソンをキーパーソンとして扱うのがよいと思うわけである。


 後者の本は、サイバネティクスの盛衰に関する科学史
 これについては

  • 論理実証主義・統一科学運動との関係、
    ちなみに、カルナップは会議に参加しなかったが、カルナップの共同研究者バー=ヒレルは、かなり熱心な参加者であったようである
  • 行動主義・行動科学との関係、
  • 学際研究における物理学と物理学者の働き、
  • 第二次大戦〜冷戦下(〜ベトナム戦争)における北米の科学者たちの動き方、
などなど

書いてみたいことはいろいろあるが、暇がないので──またこの本を読めばわかることなので──それはすべて省略する。
 が、一つだけ、「いわゆるシステム論」との関わりについて書いておくと。

 ふつう「(一般)システム論の歴史」という言葉で まず最初に想起されるのは フォン・ベルタランフィの名前──社会学の分野に限ればタルコット・パーソンズの名前──であるが、この系統の議論が諸分野のメインストリームにあったことはない。逆に、メイシー会議の参加者たちの多くは メインストリームにいて大きな政治的影響力も持っていた研究者である。

会議の中心人物は ウィーナー&フォン・ノイマンやミード&ベイトソン*など。
社会学者では ラザースフェルドがいた。おそらく社会学専攻者以外はこの名前を聞いたことがないだろうが、こんにち「社会調査」と呼ばれているものの基本フォーマットを作ったのはこの人であり、したがって、ほとんど全ての社会学者は 現在でも、基本的には・多かれ少なかれ、この人の影響下でこそ仕事ができているのである。
* ベイトソンは──なにしろ人類学のアカデミックポストに就くことすらできなかったのだし──学会の主流とはいえないだろうが。

 だから、「システム論」に関心がある場合も、地図の中心にはメイシー会議を置いておくのがよい*。それは、現在の読書界的思想地図の風景とはかなり異なっているかもしれないけれども、しかしこちらのほうがずっと、実情には近い──少なくとも、勘違いを引き起こすことがより少ない──ものだろうと思う。

* つまり、「システム論」という名称も──従ってフォン・ベルタランフィもタルコット・パーソンズも──この地図の周辺部分に置いて眺めること。ニクラス・ルーマンの名前は、さらにその周辺に、ようやく登場する。
ちなみに、メイシー会議参加者のリストとルーマンのテクスト(の参照文献)を比較してみれば、ルーマンの「理工系」方面の教養が──「自己組織化」や「ハイパーサイクル」のようなかなり流布した概念のほかにも、フォン・フェルスター*やスペンサー=ブラウンなどといったダメダメなもの、マツラナ&バレラ(オートポイエーシス)といった あやしい名前も含め──この会議およびその後の展開の影響下にあることが確認できる。




※ご参考: 春日匠さんによる書評: