涜書:松本『テクノサイエンス・リスクと社会学』

リスクネタの続きでチラ見。2009年の著作。

テクノサイエンス・リスクと社会学―科学社会学の新たな展開

テクノサイエンス・リスクと社会学―科学社会学の新たな展開

  • 1 テクノサイエンスと社会学
  • 2 科学社会学の直面する問題状況──テクノサイエンス・リスクにどう接近できるか
  • 3 科学技術の構築主義と経路依存性
  • 4 科学社会学における社会観の批判的検討
    • 1 科学社会学における社会のブラックボックス
    • 2 科学社会学における社会観の意味と意義と類型
    • 3 SSK(科学知の社会学)の社会観の批判的検討
    • 4 ANT(アクターネットワーク理論)の社会観の批判的検討
    • 5 「第3の波」論を組み替えて科学社会学の分岐点を見通す
    • 6 社会観と政策のきわどい関係──存在規定と対象規定の一体化とテクノサイエンス・リスク
    • 7 むすび
  • 5 セクターモデルの提唱──テクノサイエンス・リスクを捉える
  • 6 セクターモデルの社会学的含意──テクのサイエンス・リスクの構造

第1章

社会学的リスク論の重要な問題設定。

[p.22]

社会学的リスク論の問題点。

 社会学的リスク論の問題点は、そこから先にある。では誰のせいであるかという段になると、従来の社会学的なリスク論の多くは、一転して極めて没社会学的になるからである。すなわち、主観的な価値や評価や見方や社会的な状況によってリスクの内容が影響を受けるとして、ではそのように人間による影響を受けるリスクをめぐる意思決定の主体は誰か という問題になると、意思決定の主体が一枚岩であるかのように地球上の人類全体が想定されるか、あるいは、安全なところにいてリスクの及ばない人とそうでない人といった、いささか戯画的な二分法が実体化されるかのどちらかであることが多い。

  • 前者の見本例は「リスク社会」(Risikogesellschaft)なる造語を考案して 富の配分からリスクの配分へと社会の主要問題が変容したと説く、U.ベックのリスク社会論にみることができる。いわく、「貧困は階級的で、スモッグは民主的である。近代化に伴う危険性の拡大によって、自然、健康、食生活などが脅かされることで、社会的な格差や区別は相対的なものになる …… 危険は、それが及ぶ範囲内で平等に作用し、その影響を受ける人を平等化する …… この意味では 危険社会は決して階級社会などではなく、その危険状況を階級の状況として捉えることはできない。危険の対立を 階級の対立として捉えることもできない …… つまり、危険には地球的規模における危険の拡大化傾向が内在しているのである」40
  • 他方、戯画的な二分法を実体化する後者の見本例は リスクにかぎらず、さまざまな場面に存在するが、リスク配分の公正の問題に注目する F.ウォームが印象的でわかりやすい比喩を与えている。いわく、「」

 このように、リスクの問題を帰責の文脈において捉える場面において、社会学的なリスク論は、意思決定にかかわる主体として人類全体を実体として想定するか、対立的な二者を実体として想定するかのどちらかである傾向が強い。[...] 科学技術に注目して読み替えるなら、科学技術の特性を科学技術のもたらす社会的効果一般によって捉えるか、科学者と非科学者、技術者と非技術者といった二分法を前提して捉えるかにそれぞれ対応する。すなわち、科学技術に関する紋切り型の前提を暗黙に想定していることになる。つまるところ、科学技術と社会を分節した問題設定が欠落している [...]。 [p.23-24]

これって単に、「社会理論」の水準で答えることができないこと──「その件について、誰がどのように決定したのか」という問いには、実際のところ、誰によって・どのように・どんな 答えが与えられているのか」という 事実 に関わる事柄──に、「社会理論」の中で答えを与えようと(いう アホみたいなこと)するひとがいる、ってだけのはなしなのでは?

第2章 科学社会学における社会観の批判的検討

以下では、

  • 科学知というブラックボックスを開くことにもっぱらいそしんできたと思える科学社会学が、皮肉なことに,社会の内訳をブラックボックスに入れる結果を招いて来たという問題状況を指摘し、科学社会学における社会観を解明することの意味と意義を確定する(2節)。
  • 科学社会学に理論的な基礎を提供して来た 互いに対抗的な理論モデルであるSSK(科学知の社会学)とANT(アクターネットワーク理論)の立論構成に立ち入り、両者が社会学といかなる位置関係にあるかを分析する。そしてSSKの想定する社会観を実体モデルと特徴づけ、実体モデルの利害得失を吟味する(3節)。
  • 科学社会学における「認識論的チキン」論争を手がかりにANTの論理構造を分析する。そして、ANTの想定する社会観を作用モデルと特徴づけ、作用モデルの利害得失を吟味する(4節)
  • 科学社会学における「第3の波」論を組み替え、科学社会学が想定するこれらの複数の社会観の利害得失が、存在規定と対象規定という、1章で定式化した新たな座標系のもとで適切に位置づけられることを指摘する。そして、科学者か医学の分岐点が SSKに対しANTが登場した局面にあることを示し、科学社会学における新たな社会観を見通す(5章)。
  • そうした展望をふまえて、科学社会学における独自の社会観の基準を提示し、テクノサイエンス・リスクの見本例として科学における不正行為を念頭におき、存在規定と対象規定の一体化という概念を提唱する(6節)。
  • 最後に全体の結論をまとめ、何をもって社会の構成要素とするかについてふれ、テクノサイエンス・リスクの解明に向けた科学社会学の新たな理論枠組みを展望する方向を見定めたい(7節)。  [p.128]