ルーマン『制度としての基本権』第7章

16日。読書会@三田。http://groups.yahoo.co.jp/group/mls/
混乱と煌めきにみちた「選挙権」の章。
パーソンズの図式にほぼ完全に乗りながらの議論にみえるが──あの内容のない議論(というか図式)から──それでも/よくもこれだけのことがいえたもんだ、とか再確認して詠嘆。
で、パーソンズの議論を再確認せねばと思い、帰宅して

を探すもみつからずorz。
ひょっとして持ってなかったのか?

そういえば図書館で読んだ記憶しかないような.....気がだんだんしてきました(・∀・)!
古書店で16000-21000円くらいででているのをみて悩みまくる。あとで部屋のどこかから見つかったら憤死もの。悩む悩む。
仕方が無いので、とりあえず(?)、

を再読してみたりする謎な私♪
が、こちらは これはこれであまりにも退屈。死にそうになる。頓死頓死。



ところで、『制度としての基本権』第7章。内容は、その後に出版された著作でいうと 『手続きを通しての正統化』(1969)や『権力』(1975)との重なりが大きい。
レジュメ担当者さんがつくってくれた7章内容見出しを参照させていただくと:

第7章 支配の民主化: 政治的選挙権

  1. 【01】〜【05】
      • 本章であつかう問題の定式化
  2. 【06】〜【19】
      • 政治システムにおける正統性問題
    • 【06】〜【11】
      • 支配の正統性問題
      • 構造的前提としての機能分化
    • 【12】〜【15】
      • 強制の二律背反
    • 【16】〜【19】
      • 正統性問題の所在
      • シンボルとしての決定の拘束力
  3. 【20】〜【38】
      • 選挙権の機能
      • いかにして拘束力ある決定を可能にするか
  4. 【39】〜【41】
      • まとめ

「2」の部分は、パーソンズ図式に乗っかると 「支配」という概念はどのように理解できるか、という(わりとよくできた)レジュメ。独立して読んでも面白い。
「3」の部分が、「選挙(権)にはどんな意味があるのか」という話で、こちらが本章の主題。なのだが、こちらのほうがかなりわかりにくい。
議論は、<有権者/決定の受容者>および<議会政治/行政サービス>という二つの分化に沿って進んでおり、

有権者 →[1]→ 議会政治

[4]
 
[2]
 決定受容者  ←[3]←  行政(官僚機構) 

この議論が「成功している」といえるためには、上記表中の矢印が全体として閉じる形になっていなければならないはずなのだが、それがかなりあやしい。それだけでなく、個々の議論 [1] [2] [3] も、なにゆてんだかわからん箇所が多々あり。先生困ります。
解釈上のこの問題は、次のようにも定式化できる。

[23] [‥]市民にはそれゆえ 拘束力を持つ国家的決定の正統性を──みずからはコントロールすることも見通すこともできない長期にわたる情報処理の過程の成果として現れるところの拘束力を持つ国家的決定の正統性を──承認すべく期待されているのである。
[24] このような予期が心理学的に説得力を持つかどうかは、疑問の余地があろう30。幸いにも、既に見た通り、国家的決定の正統性はこのような思弁に依拠するだけでなく、政治システムの機能遂行についても何らかの粗雑な観念で満足する不可避的で半ばは無関心なある種の信頼といったものにも依拠している。このような信頼 を強化するためには、おそらくは政治的選挙権をめぐる第二の帰結にいたる道筋が重要であろう。 (邦訳 243-4)

これを受けて、25段落以降は、「決定の正統性をもたらすのに寄与する このような信頼 を強化するための 政治的選挙権をめぐる 第二の帰結にいたる道筋」を示してくれていなければ困る。

「第1の帰結」のほうは、<有権者/決定受容者>の分化から生じる帰結、のことかと。
のだが、はたしてそれはちゃんと示されているのか?──ということ、これである*1

*1:© 渡辺二郎。今日はうまくはまった。