宴の支度:認知社会学の構図──カテゴリー概念は ■クロ=■クロ-リンクのピボットなのか?(2)

もういちどさいしょからゆくりよんでみるスレ。メモ。

認知社会学の構想―カテゴリー・自己・社会

認知社会学の構想―カテゴリー・自己・社会


■認知社会学メソッド
と、これを名付けよう↓:

  • [1] Xはカテゴリー化作用によって成立している。 (ここで{X:集合体、相互行為、自己})
=[1a] 超越的にみえるXは、実はカテゴリー化作用によって成立している
  • [21] カテゴリー化作用は、〈(Yの)いま-ここ〉に状況依存的である: (ここで{Y:相互行為、自己})
  • [22] (Yの)いま-ここ〉からの Xの超越は カテゴリー化作用による

ところで [1] = [22] だね。
てことは、縮約すると、このメソッドのミニマムは:

  • (Yの)いま-ここ〉に対して超越的にみえるXは、実はカテゴリー化作用によって成立している
  • カテゴリー化作用は、〈(Yの)いま-ここ〉に状況依存的である
{X:集合体、相互行為、自己}、{Y:相互行為、自己}


XとYの違いから、この議論では、「集合体」が特別扱いされていることがわかるね。

認知社会学メソッドでは、「集合体」には「作用」が認められないよ(みとめられるのは「相互作用」と「自己」だけ。究極的(?)には「自己」だけ)。 
いいかえると、「集合体」に関して許容されるのは、「誰かが集合体の成員としてカテゴリー化されること」だけ。