第4章「複雑性の縮減としての信頼」

信頼の規定と内的条件について。

53 最後から二番目の段落。

  • この章の目的は、一章で予告した「信頼の準拠問題が複雑性の縮減である」という主張を、信頼の三つの内的契機に即してしめすことだった。
  • この章では併せて、ここで謂う「複雑性」が、他人が有する自由から生じるもの(=社会的複雑性)であることが示された。
01
  • 信頼とは、リスクを賭した前払いの問題である1
  • 信頼とは、他人の未来の規定された行為(or 未来になってようやく確定可能となる行為)への信頼である。
    • 信頼すると、信頼出来ない場合よりもより複雑な合理性へのチャンスを得る。
  • 【例1】 もし私が利得の分け前が自分にも与えられることに信頼を持っているならば、私は、直ちには、また私に直接に関わる範囲では何の利益にもならないような形式の協同活動にも参与しうる2
  • 【例2】 他者が私と調子を合わせて行為する、あるいはそれを思いとどまるということを当てにしうるならば、私は自分自身の利害関心をより合理的に追求できる。例えば、道路交通においても、より円滑に運転できるのである3
02 [希望と信頼の違い]
  • 信頼が事実として存在するのは、意思決定に際して、ひとえに信頼にみちた期待によって決着が付く場合だけである。それ以外の事例において問題になっているのは、たんなる希望にすぎない。
  • 【例3】
    • [希望] ある母親が夕刻になって赤ちゃんをベビー・シッターに預けるとき、彼女は多くの随伴する希望を抱いている。万事がうまくいってくれること、〔ベビー・シッターの〕少女が赤ちゃんに優しく接してくれること、赤ちゃんが哀付くときに大きなラジオ音楽によって妨げられないこと、等々。しかし、
    • [信頼] 信頼が及ぶのは、ただ次のような出来事だけである。すなわち、その出来事が起こったならば、母親はそもそも出掛けようと決心して子供を誰か他人に預けようと決心したことを自ら悔いるであろう、そのような出来事である。
      • 従って、信頼はつねに、ある際どい選択肢に関わるのであり、この際どい選択肢においては、信頼を実際に示して得られる利益よりも、信頼が期待外れに終わったときの損失のほうが大きいのである。従って信頼する側は、〔益にくらべて〕過大な損失の可能性を前にして、他者の行為の選択性を自覚し、そのうえで他者に向かいあうのである。
03 [信頼と計算(衡量)]
  • 信頼のリスクと理由を合理的に衡量することはできない。
  • 信頼を含むのは、期待のうちでも、振る舞いへの信頼(その期待に対して自分も直接に己れの行為をもって関わっており、また期待外れのときには自分自身の振舞を後悔することになるだろう期待)だけである。
04 [経済学的(割引率的)決定理論]
  • 期待の確実性を割り引くことによって時間を勘定に入れようとしてもそれでは不十分

    • 決定者が決定を下す時点では、決定に必要な知識が(確率変数としてすら)意のままにならないから。
  • 行為する者が信頼を抱いてそうしたのか否かによって、達成可能と思われる行為の合理性についても本質的な違いが生じる。
05 信頼による「複雑性の縮減」の1:
  • 協同的な行為:「すぐに利益を得られない関係における協同」に関する実験。[D] 1960
  • 協調的に遂行される個別的行為: 道路交通。(囚人のジレンマ実験)[D] 1958
06   信頼による「複雑性の縮減」2:成果の前払い
  • 【例5】政治家や企業の管理者は──服務規程によってではなく──成果に照らして制御される。
    • 〔信頼する〕人は、あらかじめ、〔信頼される〕人が見渡し得ない状況を上首尾に切り抜けるであろうということを信頼し、そして〔信頼された〕人は、まさにこの信頼が基盤となって、実際に上首尾に進める大きなチャンスを持つ
07 [情報の過剰利用と内的安定性]
  • 信頼は、目下手元にある情報から、与えられた以上のものを引き出すことによって成立する6
  • この時、「信頼する理由」は、〔信頼を支えているというよりも〕むしろ自分の自尊心と自分の社会的正当化に役立つものなのである。
    • 信頼が不首尾に終わったときに、人の眼の前で•また自己自身に対して自分を、愚か者・未経験者として生活不適格者として呈示するのを防ぐもの
08 学習心理学における汎化の理論]
  • 事実を超え出ていくことによって、先行する特殊な経験や、規定された信頼の基盤からの〔信頼の〕相対的独立性が確保される。学習の理論において「一般化」と特徴づけられていること8が達成されるのである。
    • 信頼〔に値するという〕判断は、経験を一般化し、別ではあるが「似て」いるケースにまで拡張される。
    • そして、この判断は、それが確証される程度に応じて、個々の差異に対する無差別的態度を安定化するのである。
期待の一般化にとって重要な3つのアスペクト
09 予期の一般化1:
問題の内部化
 
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14 予期の一般化2:
学習
 
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16 予期の一般化3:
象徴化
 
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22   以上のような意味で、信頼の参照問題は複雑性の縮減である
23   問題が特定されたら、解決の形式と派生問題について検討すべきである

39頁

いまや我々としては、信頼の問題をいっそう明確に規定して、リスクを賭した前払いの問題として捉えることができる。

世界は、もはや制御不能な複雑性にまで拡大しており、その結果、他の人々て減
は如何なる時点においても自由に多様な行為を選択しうるに到っている。しかし、この私は今・ココで行為しなければならない。他者がなにを行うかを観察し、それにもとづいて自分の態度を決めていくには、観察し態度を選びうるための時間は短い。その時問において把捉して消化しうる複雑性はほんの僅かであり、従ってそこで獲得されうる合理性もごく僅かである。

  • [協働的行為]しかるに、もし私が、他者の未来の規定された行為を(あるいは現在、過去の、いずれにせよ私にとっては未来になってようやく確定可能な行為を)信頼しうるならば、複雑な合理性へのチャンスはもっと多くなるであろう。もし私が利得の分け前が自分にも与えられることに信頼を持っているならば、私は、直ちには、また私に直接に関わる範囲では何の利益にもならないような形式の協同活動にも参与しうる2
  • [協調的に遂行される個別的行為] 他者が私と調子を合わせて行為する、あるいはそれを思いとどまるということを当てにしうるならば、私は自分自身の利害関心をより合理的に追求できる。例えば、道路交通においても、より円滑に運転できるのである3

参照文献

  • n.02 協同的行為:「すぐに利益を得られない関係における協同」に関する実験。[D] 1960
  • n.03 協調的に遂行される個別的行為(囚人のジレンマ実験):[D] 1958
  • n.04 経済学的な、客観的で無時間的な考察方法、計算可能性:利得・コスト計算と信頼との違い
  • n.05 官職への任命・資本信用:
  • n.07 自尊心と社会的正当化としての「理由」: 197頁以下
  • n.12 学習:
  • n.14 学習と信頼:[D] 1958. 「信頼を寄せる態勢 と 信頼に値すること とは統計的に相関する(=他人を信頼する人は信頼に値する)」仮説