涜書:ルーマン『パッシオンとしての恋愛』

こちらも第[2]象限。http://d.hatena.ne.jp/contractio/20110710#p3

  • 愛する者は、その恋愛対象の体験に相補的であるように──恋愛対象の体験に適うように──、行為を整える。
  • 教師は、子どもの体験に相補的であるように──生徒の体験を修正するように──、行為を整える。
情熱としての愛―親密さのコード化

情熱としての愛―親密さのコード化

  • 第2章 象徴的に一般化したコミュニケーション・メディアとしての恋愛
  • 第5章 愛の関係におけるコミュニケーション・メディアとゼマンティク
    • 1 はじめに
    • 2 コミュニケーションの自己言及性──社会システム分出の根拠
    • 3 愛の社会システムの分出
      • (1) 「情熱」としての愛
      • (2) 愛の関係における社会的不確実性
      • (3) コミュニケーション・メディアとしての愛
      • (4) 個体性ゼマンティク
    • 4 機能的分化の諸条件──コミュニケーションのコード化

愛のコード

p.24

 愛のための特別な「コード」が形成されるのは、あらゆる情報が、匿名的に構成された一般的な世界 において意味している事柄と、あなたにとって、われわれにとって、われわれの世界において 意味する事柄とを考慮に入れることによって二重化される場合である。

ある情報が どちらか一方の世界にとどまり、どちらか一方の世界の一部とみなされるようにはこの差異は取り扱われない。というのも、当然のことながら それぞれの個人的世界は、あらゆる人にとって同一である世界の全体的地平に それ自体の無際限さを投射しているからである。情報がどちらか一方の世界にとどまりえず二重化されなければならないのは、二つの世界で(それぞれの現実的必要に応じて)内容の吟味を経て妥当性を獲得できなければならないからである。したがって文字のばあいと同様に、情報は二つの世界における特別の用途のために二重化されている。そうはいっても、そうした二重化される情報の基底に存在する統一性は疑われはしないだろう。

→芸術との比較。