第5章「資本と労働―区別の問題」

社会の経済

I
  • [151] 〈資本/労働〉は、「一方にとっての問題解決が、他方にとっての問題である」という関係にあります。
    • 問題が解決されればされるほど問題が生じる関係です。
  • [152] たとえば〈社会主義/資本主義〉のどちらが優れているかといった議論をするときにも我々はこの区別を前提にしていますが、しかしそもそも〈資本/労働〉なる区別は、現代社会を語るための主導的な区別として相応しいものなのでしょうか。
II〈資本/労働〉区別の意味論的来歴について:マルクス主義とは何だったのか
  • [153] そもそもこの区別は、早く使われすぎ、長く使われすぎました。
  • 19世紀にイギリスの経済学者たちがこの区別を使い始める前には、その位置には〈貧/富〉の区別がありました。
  • 〈貧/富〉は、18世紀までには時代遅れの図式になっていたにもかかわらず、当時の重農主義はまだこれに頼っていたし、貨幣を理解しようとはしない代わりに農業には理解を見せていました。

参照されているのはミラボー

  • 他方で重農主義は、生存維持経済からの脱却の手段として、土地だけでなく労働も視野に入れるという転換も行いました。
    • ここから進んで、テュルゴーは〈所有者/非所有者〉区別を引き出しました。
    • 他方イギリスでは、ジョセフ・ハリスは、豊かさが増すにつれて土地という要因に比して労働という要因の価値形成上の意義が増すことを観察しました。
  • [154] そうした中で、〈労働/生産〉、〈商業/行政〉、〈金融/租税〉に関する分析は、自分を「社会理論」であると考えるようになっていきます。

ここ、ルーマンにおける「社会理論」とは何のことなのかを考える時も重要な箇所ですね。

  • 154「かつての社会秩序は、神の摂理(ハリス)あるいは見えざる手(スミス)によって平和的かつ実り豊かなものとされた分業および商業依存として解釈し直される。社会は、文明化した社会、すなわち分業社会、さらにいえば商業社会とみなされる。けれどもイギリスの産業化の帰結が観察されて初めて、商業はこの理論配置の中心から追い出され、生産概念がそれにとって代わり(なぜなら理論にとっていまや問題なのは増大へ向かう動きを説明することなのだから)、こうしてようやく資本/労働という思考図式が 社会描写の機能を引き受けることになった。」
  • ホールは古い時代に足をおいて新しい時代の描写を行った人でした。
    • [154]「この段階ではまだ新しい時代の姿は分かっていない。それゆえ「各人を各人の持ち場に」が合言葉になるのである。」
  • その後すぐ、〈貧/富〉の差は〈資本/労働〉の区別に移し替えられることになりました。すなわち、「分業は資本家とは独立に可能であり、各人は他人も働くと信じて各人の仕事を成すべきである」といったように。
  • 注09 チャールズ・ホール(1805)『ヨーロッパの人々への文明の影響』
  • 注12 トマス・ホジキンスン(1825)『資本の主張に対する労働の弁護』
  • [154] 〈貧/富〉から〈労働/資本〉への図式転換の影響範囲を把握しようとするなら、初期自由主義の理論に目を向けなければなりません
  • 155 「身分秩序の解体が始まるとともに、いったい誰が社会の中で社会を代表し、またいかなる理由で代表するのかという問題が解決できなくなった。政治理論ではこの問題は、神秘的で社会の中にもはや所在を突き止め得ない一般意志の名において君主政治を攻撃する動きを引き起こすのだが、経済理論では、同じ問題が別様に符号化される。大きな影響力を持ったあの蜂の寓話によれば、自己の悪徳によって経済を駆り立て、そのことで公共の福祉を生み出すのは富者である。反対に、貧者の悪徳は労働の意欲あるいは能力を失わせるがゆえに有害である。富者のみが、私的目標と公益が分離した社会を代表(しかも道徳的パラドクスのかたちで代表)しうるのであって、貧者には道徳は「額面通り」適用される。有益なる悪徳は富者の特権にとどまると同時に、この特権の具体的現れとして富者が社会を代表し続ける。全体の中に全体が再現するというパラドクスは、このようにして和らげられる。つまり道徳的パラドクスとしてはまだ憤慨のもとにはなるが、事柄そのものとしては無害かつ処理可能なものとなる。蜂の寓話では社会階級という概念を使うことなくある種の二階級理論が先取りされているのだが、しかし富者のみがシステムにおいてシステムを維持しうるとの条件がついての話である。この理論にはアンビバレンスを感じさせるところがまだ残っている。けれども実を言うと素朴なアイデンティティの体現はすでに問題ではなくなり、代わって他のパラドクスによる 或るパラドクスの体現が、いまや問題になっているのである。貧/富の図式から労働/資本の図式への書き換えと、この理論のマルクスによる翻案をまってはじめて、システム内の対立を通したシステムの体現を描写することが可能になる。」

ここから六段落を使ってマルクスの理論意匠の解説をやったあと、その締めにこう来る。

  • [158] 「これは疑いなく天才的な理論構成であるが、しかし同時に、その社会的・政治的成果を生み出すもとになった一定の歴史的状況についての判断様式でもある。」
III