涜書:斎藤「歴史科学における「理解」と「説明」1」

ネットに落ちていた論文を読みました。

  • 序論
  • 一 理解と説明の問題成立の歴史的背景
  • 二 理解的歴史認識の方法
    • (1)
    • (2)
      • イ 歴史科学の認識構造
      • ロ 歴史科学の認識対象
      • ハ 理解の概念的構造

 理解と説明の問題成立の歴史的背景

 コント(A. Comte)やミル(J. S. Mill)等によって表された科学の哲学は、一般に「実証主義」(positivism)と呼ばれる。この実証主義哲学には三つの特徴がある。

  • 第一は、「方法的一元論」(methodological monism)つまり、種々な研究領域の中に科学的に統一された方法を見出そうとすることだと言えよう。
  • その第二は、特に、数学や物理学等における厳密な数量化的思考方法の使用を人間の問題も含めたすべての化学の発展と完成の程度を考えるための基準と見做すということである。
  • その第三は、科学的説明の特徴的な見解だが、すべての説明は広い意味で因果的でなければならないということである。つまり、人間の問題も含めて、個別的な事例を自然について仮定しうる一般法則の下に包摂するところに説明が成り立つというのである。したがって、人間の意図、目的、目標等から出来事を説明しようとする目的論的な説明は非科学的説明として排除されるか、あるいはそうした説明は因果的説明に置き換えられなければならないことになる。[p. 16]
「法則の下への包摂」としての「因果的説明」というヴィジョンは、いつごろどのへんで掘り崩されたのか問題。


人文主義 vs. 実証主義」という論争状況をみて何よりも深く胸を打たれるのは、「(自然)科学と呼ばれる人間の活動が、一種類のやり方で執り行われているのではないかもしれない」という発想を誰も持たなかったらしい、ということに他ならない。
この論争が、「vs.」という仕方できれいな形をとり得たのは、「実証主義」に反論しようとする多様な人たちも、やはり「自然科学」というものが「ひとつの」方法を持っている、ということを前提として共有したからだろう。だから、問いは、

  • 人文主義のもとで展開してきた諸研究も、(自然科学的な)>>たったひとつの<< 研究方針のもとに包摂されることをよしとするか否か」

という形で立てられ得たわけだ。その後に続くさまざまな論者の態度表明が どんなに広いバリエーションを持ったとしても(実際、持ったわけだが)、「たった一つの方法を持つ自然科学」というヴィジョンが前提になっていることは変わらない。

いいかえると、この論争の主要な震源地にいた歴史家たちは、「自然科学ってそんなにシンプルなものなの?よーしパパ調べちゃうぞ?」と考えてもよかったはずだった。でも、おそらくそんなことを誰も考えないほどには、「自然科学」という看板は有無を言わせぬ説得力を持っていたのかもしれない。
知らんけど。

ともかくも、この論争に欠けていたのは──そして、おそらくはこういってよいように思われるのだが、現在でも欠けているのは──、「自然科学という活動を適切に理解しよう」とする研究プログラムであるように思われる。

まとめ: 「がんばれ科学史!」

ハ 理解の概念的構造

リッケルト。p. 22

自然科学説明→一般性を本質的なものとして抽象化→規則的・法則的処理→普遍性
歴史科学理解→個性を本質的なものとして捨象化→個性化的理解→追体験→理想的追体験→想像力→個性